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名古屋高等裁判所 昭和31年(う)655号 判決

控訴人 被告人 阪野積

弁護人 佐藤正治

検察官 小宮益太郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人佐藤正治の差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一点について

しかしながら原判決挙示の証拠を彼此総合すると、たやすく被告人が自動車運転者としての業務上の注意義務を怠り、過失により小型乗用自動車に軽自動二輪車を追突させ、よつて近藤七五三夫に傷害を負わせた原判示事実を肯認することができ、記録を充分調査しても、原判決に所論のような事実の誤認があるとは認められない。原判示のような場合において自動車運転者に原判示のような業務上の注意義務のあることは事理の当然であつて、これを以て所論のように限度を逸脱した不当を強いるものとなすことはできない。又被告人は幅員約五・八〇米の疾行車道の略中央を時速約四十キロで小型乗用車を運転して北進し、安全地帯の約三十米南方で同車道の西側部分を時速三十六、七キロで先行していた近藤の運転する軽自動二輪車をその右側において追い抜いたもので、従つて両者はむしろ併行して進行していた関係にあり、近藤の運転車が被告人の運転車の直後を追従していたものでないこと証拠上明らかであるから、追い抜かれたからといつて、いまだ所論のように近藤にその運転車の速度を減じ、又は被告人の運転車との間前後の関係において一定の距離を保つ必要も、義務もなかつたものであり、そして同人は追い抜かれた直後被告人が急にハンドルを左に切つて自己の進路の前面に進出して来たのを見るや、即時急停車の処置を取つたけれども間に合わず、被告人の乗用車の後部に激突したものであるから、いずれの点よりしても同人に何ら咎めるべき過失は認められない。被告人が追い抜く際所論のように警音器を鳴らしたかどうかは本件犯罪の成否に影響はない。又被告人が急にハンドルを左に切り近藤の運転車の進路の前面に進出して、徐行急停車した際所論制動灯が点いたかどうかも本件の場合問題となり得ない。これを要するに原判決には所論のような違法は存しない。所論は原審の専権に属する証拠の取捨選択、事実の認定を非難するに帰し、採用し難い。論旨はすべて理由がない。

同第二点について、

しかし原判決を査閲しても、その事実認定に何ら矛盾があるとは認められない。又原判決が司法警察員作成の実況見分調書を事実認定の証拠に採用していることは所論のとおりであるけれども、記録によれば、右調書の作成者たる司法警察員石川康行は原審の公判準備において検察官及び被告人、弁籐人立会のうえ、証人として尋問を受け、右調書が真正に作成されたものであることを供述しておるのであり且つその際の証人尋問調書は原審の第二回公判廷において適法に証拠調を経ているのであるところ、かような場合は実質的には実況見分調書の作成者が直接公判期日に証人として尋問を受け、これが真正に作成されたものであることを供述した場合と何ら異らないのであるから、刑事訴訟法第三百二十一条第三項の趣旨に鑑み前記実況見分調書はこれにより証拠能力を取得したものと解するのを相当とし、従つて原審が被告人及び弁護人の証拠とすることについての同意のないまま検察官の請求にもとずき公判廷において該調書を取り調べたうえ、前記のようにこれを原判示事実認定の用に供したことは相当であつて、何ら違法ではない。

そして右実況見分調書を原判決挙示のその余の証拠と総合すると、原判示事実を肯認することができることは控訴趣意第一点に対する判断中に説示したとおりである。以上のとおりであるから、論旨は理由がない。

同第三点について

所論に鑑み、記録を調査し、諸般の事情を総合して考えると、原判決の量刑は相当であり、所論のように重きに過ぎるものとは認められない。論旨は採用できない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 柳原節夫 判事 中浜辰男)

弁護人佐藤正治の控訴趣意

第一点原判決は事実誤認である。原判決は″後行車進路の前面において急停車の措置をとつてはならない業務上の注意義務ありと做しこれをすれば過失だとされている。然し乍ら被告人のみならず一般に自動車運転者にかかる義務を強いることは限度を逸脱するもので容認しがたいのみらず被告人は時速約三十七、八キロメートルで近藤の車を追越したのであるが其の際警笛を鳴らしたことハンドルを左に切るに至つたことは道路の略中央部から車道左側に進行を為すには当然の措置であること、追越した場所は安全地帯の手前約三十メートル附近では絶対なく(実況見分書は近藤のみの指示を採つたもので当部から被告人と近藤との追越地点について極度のくい違いがあつたし目撃者余語証人は原審検証に当り被告と符合することを確認している)更に夫れより遙かに手前(検証調書参照)であることと停車は急停車ではなくハンドルを徐々に左に切りつつブレーキをゆるやかにふんでとめていること、假りに追越してから一七メートルの間に徐々にとめても先行車に注意していれば後行車はゆうにさけられること、近藤は追随の車隔三米を保つていず接続していたこと。被告乗用の自動車は小型であつて車の幅は大分狭いこと、近藤は先行車をさけるに当り速度を全然減しておらぬこと(先に一回事故を犯している)、先行車が停車のペタルを踏めば後部の制動燈がつくこと、路面が濡れていることは近藤こそ運転上注意しすべき事柄であつて時速三十五キロメートル以上の速度で急にハンドルを右に切る運転の仕方こそ無ぼうであること、近藤は先行車を右にさけ得るものと軽信していた為先行車の後部右側先端にふれ中心を失つて自ら顛倒したものであること(而も当時約三貫目の荷物をつけていた為重心が若干不安定になつていた)被告人は免許以来長期間一度も事故を起さず至極注意深くおんけんな運転振りであること、近藤は自己の不注意をびぼうする為(事故を起せば運転停止となる)追越地点について事を曲げている様なふしがある近藤の注意度(後続運転についての)等について捜査がつくしてないこと等の事情を綜合すると被告人の過失は認め得ないに拘らず近藤の負傷と云う事実を同情等から過大に見て被告人の運転のみに過失を強いて認めんとしたもので実に事実誤認と云うべきである。

第二点原判決は理由不備でもある。認定事実に矛盾があるのみならず証拠能力のない実況見分書を証拠に援つている様でありこの証拠からは適確に右事実は認定できぬ。

第三点原判決は量刑不当でもある。假りに万一有効としても罰金の執行猶予が至当である。

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